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今日も引き続き現地からの報告です。
明日は帰路につくそうです。

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名もない救援隊 加藤大吾です

30日報告

5:30起床
7:30出発 車中で朝食

昨日は夕食時、この体育館にいるすべて50名のスタッフに
ハンバーグを焼いて食べてもらった。
私たちはったったの7 名。
やっぱり救援するスタッフは笑顔で気持ちよく
そして、勇気づけられる状態で被災者の前に立ちたい。
間接的にでも少しでも貢献したい。
被災者へ届けるためのハンバーグでしたが、
スタッフ全員の元気のために使わせてもらいました。

今日は昨日、十分に物資を出せなかった泊浜生活センターへ。
お米も手に入らなかったと言っていたので、お米などの食料を中心に
生活用品なども配る。何もなかっただけに大喜びだ。
昨日の夜、し込んでおいた豚汁を鍋のまま渡して、昼ご飯に食べてもらうことにする
あとは、暖めて味噌で味を付けるだけになっている。
これには「おおおーー!」歓声があがる。
昨日作っておいてよかった!!
「漁師はツエーからすぐふっこうすっから」
「また来い!」って
特産品のわかめを一箱、くれた。
すんごく嬉しい。遠慮なく受け取る。
俺も調子に乗って、、じゃあ!っと隠していた貴重なウイスキーを出す。
「おおおーーー!」ってみんな元気なる瞬間があった。
そういえば昨日はアワビをもらった。
落ち着いたら必ず訪れよう

もう一カ所、平成の森避難所にも炊き出し鍋を届けて
大喜び!
良い笑顔が満載だ。

物資はすべてなくなってしまったので、ストックヤードに戻る。
十分に物資を積み込んで、昼ご飯を食べながら、
まだ手のついていない、物資が行き届かないであろう所を
地図上で読む。
口にかき込みながら出発。
予想された現地近くで、おじさんに声をかける
「物資がないところありますか?」
「ここんとこにあげたら良いよ」
「声をかけてあげるよ」
自宅避難がどこからともなくやってきて
フリーマーケットで本当に欲しい物を持っていってくれる。
自宅避難者は避難所にいないので、食事の提供もないし、
物資も配給されない。
なんと、彼らが欲しいのは水と米。食料がメインだった。
最もゆき渡っていない被災者とも言えるだろう。
知り合ったおじさんにお礼にタバコとガソリンを少々あげると
他にも回ってほしい所があると。
あと、二カ所。全く同じ状況だ。
子供がいる所もあった。
4ヶ月、2歳、小学生。
子供向けの物資は全部なくなった。
帰りがけにおばあちゃんに
「全国の人が送ってくれたものなんだ。
日本全部がおうえんしてます!!」っていうと
おばあちゃんが「ありがとう!」って泣いていた。
誰もが、親類をなくしたり、何かしらのショックを受けているんだな。
「俺もできることは何でもやるよ!」ってかえした。

道路事情は非常に悪い。
道が歪んでいたり、舗装されてないのは当たり前。
続いていない道もある。
そこでトラックを走らせるのはなかなか困難だ
信号もつかないけど、事故もなく、
目で挨拶をしながら譲り合う。
自衛隊も機動隊も救援隊も市民もおんなじ。

鉄道のレールはどこにあったか解らない。
ただ、山にトンネルが掘られている。
そんな感じ。

数少なく立っているのは鉄筋の丈夫な建物。
4階まで水に浸かった後がある。
屋上に残骸が乗っかっている。

トラックの荷台が空になって帰る。
そろそろ薄暗い。
今日もスタッフに肉を振る舞いたい。
小さい肉だけど、
ここでの最後の夜に全スタッフに焼きだしをした。
ここ数日でスタッフの雰囲気が明るくなったと思う。
こうして少しでも全体としてボランティアの効果が上がれば良いと思う。

今日は3カ所の炊き出し
2カ所の炊き出し材料の配布
10カ所以上の物資配布ができた。

名もない救援隊の現地入りしたスタッフは元気。
12時間以上のハードな仕事。
だけど、笑いもあるし、気持ちいい。
1便もそうだった。2便も最高のスタッフに恵まれた。

被災地に入ると緊張し続けているから、
そのままだとお酒を飲まないとうまく寝付けない。
今、消灯した。
俺もねよっと。

明日は、午前中物資を届け、帰路につく。
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2011.03.31 / Top↑

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