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現地の加藤大吾さんからの続報が入りました!
下記、転掲します。

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3/24報告です

7:00 朝ご飯
8:00 行動開始
まずは、一番近い栗林小学校避難所へ
地域の方と初めて話し、要望は何か?を聞き出す。
避難所の空気を吸う。何とも言えない空気。
食事表を見せてもらうと、
朝食はおにぎり1個、ビスケット1個、飴1個
昼食はパン1個、くだもの1個
だった。深刻な物資不足。
ここは300名。平等に300個ある物資がほしいと
300個ある物はここに回してすぐに配布してもらう。

前日は暗かったので景色を見ることはできなかった。
山と川の景色がきれいだった。
この景色からは被災しているとは思えない。

早朝から昨日持ち込んだ物資をひたすらおろす。
今日かえるスタッフを移送するだけではもったいないので、
遠野によって、大船渡に必要と思われる物資を積み込んで出発。

大船渡に入った瞬間に入ってきたのは”船”だった。
かなり内陸部まで船が来ていた。
市街に近づいていくと全壊している建物が次第に増え、
最終的には全くの更地に瓦礫が載っかっている状況になっていた。
大きな船が家に刺さっている。
どうしてこうなったのか?想像できない。
中心部の交差点は電気が復旧していないので
警察官が手信号で交通整理していた。
大船渡のい地形は山が近く、山にすんでいる人も多い。
「津波を見て、走って逃げた」
という人が多かったのが印象的だった。
業者の方が電気の復旧作業をいそいでいた。

必要なところにガソリンを届け、
最も近い避難所 大船渡中学校に立ち寄ってみる
何が欲しいか?たずねると
下着!だった。
既に被災から2週間、生活用品が不足している。
風呂に入れないために、
タオルなどを消耗品としてその代わりにしているのだろう
積んでいるもんを全部おろして、広げると
箱のほとんど、欲しいと声のあがる物はすべてもらってくれた。
高台の上を通りがかると市街地がすべて見渡せ、
更地のようになった街の中で重機が動いていた。
物資の残りはかえるスタッフに持たせて、配布するようにした。

帰り道では突然、すごい勢いで雪がふってきた。
慎重に運転して遠野に戻る。
バックヤードで明日の物資を積み込んで釜石に帰る。
もう真っ暗だ。

もう一つのチームは上栗林集会場の方に物資を提供し
バザールを開いてもらった。
全員集まってこなかったこともあり、明日も引き続き開くらしい。
こちらはずいぶんとファジーな運営だな。
この辺りでは被災者の親族が被災者を受け入れて
一緒に住んでいる人が多いとか。
みんな協力してるんだね

今、困っているのは、被災者のニーズに個性があって
掴みきれていないこと。

明日の作戦は、2つのチームに分かれて
”やきいもや”を展開する。
ゆっくりと車を走らせて人を呼び込み、
必要なものを手渡す。
本当に必要な人に必要な物をもらってもらおう。
翌日以降、臨時の炊き出し炊き出しを行う予定。

【今後と2便について】
26日1便山梨県都留市着
27日10:00~積み込み作業 お手伝い募集
28日6:00山梨県都留市発 途中野菜の積み込み。
28日 2便は 2t 2t 4t の3台で
宮城県登米市のRQ市民救援センター現地本部に運びます。
31日 山梨県都留市着
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2011.03.25 / Top↑
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