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本日も現地に入っている加藤大吾さんから
報告が入りました。
皆さんの物資が届いているようですね。

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名もない救援隊 加藤大吾です

29日報告です

5:30起床
 今日は朝から地域の空気を吸いたいので外に出て散歩
 朝飯前に一仕事。昨日できなかった荷下ろしをしてしまう。
7:00朝食
7:30全体ミーティング
当方は2チームに分かれて南三陸町を回ることにした。
1チームは7つの避難所を回る。
大きな避難所1000人規模はほとんど私たちの支援物資を受け取ってもらえない。
倉庫が飽和状態のようだった。フリーマッケットも断られる始末だ。
ここではまだ信号も復活していない。停電だ。
更に水もないらしい。自衛隊が3日に一回回って給水するらしい。
前回の北の方では自衛隊、機動隊が沢山いたが、ここでは少ない。
現状は大体掴めた。

やっぱり小さい100名規模の避難所を回ることにする。
三陸海岸を走る鉄道の橋桁、レールは見るも無惨に流れ去っていた。
橋も流されているため、遠回りを強いられる
町は基礎だけになっているか、ガレキの下敷きだ。
時々家の主がとってもゆっくりとガレキを片付けている姿をみた。
ゆっくりとやっている姿が何か言いたげだった。

教えたもらった平成の森避難所へ行ってみると、
不足物資が欲しいと言うことだった。
20箱くらい要望を聞きながらおろしていった。
ここでは少し余裕を感じるくらい物資があった。
他の避難所の話を聞いてみると
馬場中山生活センター100名は大変だ!と言葉をそろえて言った。
車で先導してもらってまずは保育園へ行く。
ここでも、同じように言っていた。
更に進むと、道が崩落している。
ここ数日でこの道が開通したらしい。
路肩が崩れた細い道を2tロング車ですり抜けて
臨時にできた未舗装路を走っていく。
緊張する瞬間が沢山あった。
奥まで入り込んできたなーーと言った所で
崩壊した家でたき火をしながら大工仕事をしているところがあった。
馬場中山センター。小高い丘の上にあるちょっと大きな民家と言う感じ。
物資で欲しい物は?と聞くと特に出てこないが、
食料はー下着はーと聞くと いるいる!!
奥様方は本当に嬉しそうに騒いでいる。
車の半分をおろした。
「お礼にわかめをおくるよ」なんて言われたりもする
喜んでもらえて嬉しい!
中にないっている手紙を読み始める人もいる。
届いたなって思う瞬間だ。
明日はここで炊き出しをすることになった。

半紙をしているうちに更に奥地に泊浜生活センターというところがあるらしい。
またまた狭い道を慎重に進むと左右が海に続く崖のような所をすり抜ける。
そんなに大きくない建物に300名、そこをたよりに生活している人300名
合計600名の避難所があった。
話を聞くと数日前まで、自衛隊が空から投下する物資以外はなかったということ。
米と水だけだった。600名にバナナ20本だった。など、、。大変そうだった。
こういう人たちは目が違う。なんとか必要な物を届けたいと思う。
今頃、あの箱を開けて気持ちも受け取っている頃かな?
物資は飽和していると報道されたりしているけど、
地域によって全く違う。やっぱり物資不足は深刻なのだ。
そういう所に届けてこそ、その価値があると再認識。
それが俺の役割でもあるな。
物資は何でも良いからすべておろしてほしいと言われ、全部受け取ってもらう。
要望を聞くとどんどん出てくる。
すべてに対応できるか解らないけど、
明日は、ここにかなりの物資を搬入することにする。
そしてできれば炊き出しをしよう!

物資不足の所は、肉、野菜、タバコ これが 3大欲しい物だ。
これは予想通り、肉も野菜も沢山持ってきた。

様子も解ったし、明日はかなりのやるべきことができた。

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2011.03.30 / Top↑
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